新型コロナウイルス感染症の拡大防止のため、民間企業を中心に在宅勤務が拡大しています。
趣旨を踏まえると役所についても民間企業同様に在宅勤務の割合を増やすことが求められますが、円滑に進んでいるとは言えないのが実状です。
ではなぜ自治体職員の在宅勤務は円滑に進まないのでしょうか。
そして、どうすれば自治体職員の在宅勤務が広がるのか。
今回はこの点について僕なりに考察してみました。
在宅勤務導入の際の課題は山積み
地方自治体におけるテレワークの導入については実は10年以上も前から議論されています。
この10年でかなり導入が進んだ団体もありますが、導入があまり進んでいない団体のほうが多数です。
少し前のデータになりますが、2017年の総務省の調査で次のようなデータがあります。
これを見ると、都道府県ではある程度進んでいますが、それでも取組みを推進している団体は全体の1/4程度(25.7%)ですし、市町村にいたっては10%を下回っています。
在宅勤務はテレワークの形態の一つですので、テレワークの導入が進んでいる自治体では、今回の新型コロナ対策での在宅勤務は比較的スムーズに進んでいるものと考えています(それでも最低7割を目標とすると容易ではないはずです)。
一方で、テレワークの導入が進んでいない自治体は、今回の要請を受けて対応に大変苦慮しているものと考えられます。
なぜなら、在宅勤務を真っ当に導入しようとしても、それには課題が山積みだからです。
では、どのような課題があるのでしょうか。
(課題①)勤務規程や服務規程等の整備
「さあ、これから在宅勤務を開始します!」
と言っていきなり始められるものでもありません。
例えば、出勤せずに家で仕事しても勤務規程上は仕事しているとはみなせない、なんていう状況では在宅勤務とは言えないですよね。
そのため、勤務規程や服務規程といった現行の制度との整合性を確認し、必要な場合は制度変更をしたり、新しい規定を設けたりする必要があります。
(課題②)在宅勤務用の端末等の確保や費用負担の在り方
自宅で勤務するとなると、
仕事で使うパソコンを誰が用意するのか?
という問題が生じます。
①普段職場で使っているパソコンを持ち出す方法や、②在宅勤務用のパソコンを別途用意して貸し出す方法、③私用のパソコンを使う方法、このあたりが考えられますが、いずれも単純な話ではありません。
①パソコンを持ち出す場合も③私用のパソコンを使う場合も情報セキュリティ対策の観点から何かしら対応が求められます。
また、②在宅勤務用にパソコンを用意する場合には予算をどうするかという問題も生じます。
そして、③私用パソコンを使う場合は、自宅にパソコンを持っていない職員がいることも考慮する必要があります。
次に、通信費の問題もあります。
仕事でインターネットを使用する場合や電話をかける場合、その費用は誰が持つのか、という問題です。
仮に自治体側がその費用を負担するとしても、規程の整備も必要になるでしょうし、予算をどうするかという点も悩ましいところです。
(課題③)自宅から庁内システムを使うために必要な情報セキュリティ対策
自宅で仕事をするとしても、メールの送受信ができない、ファイル共有や業務に必要な庁内システムにもアクセスできない、というのでは、できる仕事がかなり限られます。
「じゃあ、自宅でもメールの送受信ができるようにすればいいし、庁内システムにもアクセスできるようにすればいいじゃないか」と思うかもしれませんが、そう単純な話ではありません。
基本的に、自治体の庁内システムは外部(主にインターネット)とは切り離されたところにあります。メールを送受信するための仕組みも言ってみれば庁内システムなので同様です。
そのため、自宅から普通にインターネットでアクセスしようとしてもアクセスできないようになっています。
不便に思われるかもしれませんが、これは情報セキュリティ対策の観点からそのようになっています。
自宅から庁内システムにアクセスできるというのは、すなわち悪い人たちが不正にアクセスすることができる入口があるということになります。不正にアクセスされてしまうと、大事な情報がインターネット上に流出してしまうという事態になります。そうならないように、庁内システムは外部からアクセスできないようになっています。
僕は情報セキュリティの専門家ではないので勝手なことは言えませんが、個人情報を取り扱う以上は必要な措置だと思っています。
では、自宅からは絶対に庁内システムにアクセスできないのか、と言うとそういうわけではありません。
ICTを上手く活用することで、不正なアクセスを防ぎつつ、職員だけが安全に庁内システムにアクセスするということもできます。
具体的には、VPN(仮想プライベートネットワーク)やVDI(仮想デスクトップ)と呼ばれるような仕組みを使って庁内システムにアクセスするという方法です。
しかし、これらの仕組みを導入するのは容易ではありません。
この仕組みに必要なシステムを構築する必要があるので、時間もお金もかかります。
さらに、各自治体は総務省からの要請で「自治体情報セキュリティ強靭性向上モデル」と呼ばれるセキュリティ対策の仕組みが導入されているのですが、このモデルの「三層の分離(ネットワーク分離)」と「セキュリティクラウド」の二つが、自宅から庁内へのアクセスを制度的にも仕組み的にも一層難しくしているという点も考慮する必要があります。
このように、自宅から庁内システムにアクセスするということが簡単な話ではないというわけです。
(課題④)ペーパーレスが進んでいないことがもたらす影響
仮に、安全に庁内システムにアクセスできる仕組み(VPNやVDIなど)が導入されたとします。
これでやっと不自由なく仕事ができる
そう思われるかもしれませんが、そんな甘い話ではありません。
メールの送受信や庁内システムを利用できても、必要な情報が閲覧できなければ業務が行き詰まってしまいます。
どういうことが具体例を挙げます。
例えば、紙でしか保存されていない文書を参照したい場合は自宅から庁内システムにアクセスしてもどうしようもないですよね。使うかもしれない紙文書を全て持ち返るなんてことは、労力の面からも紛失等のリスク面からも現実的ではありません。
また、違う例を挙げるとすれば、電子決裁の仕組みが導入されていない(導入していても機能していない)場合は、決裁を貰うためには出勤しなければなりません。
電子決裁を含めペーパーレスが進んでいる自治体はよいのですが、ペーパーレスが進んでいないことが在宅勤務でできる仕事の範囲を大きく狭めてしまうことになります。
(課題⑤)個人情報保護を取り扱う業務の存在
個人情報を取り扱っている業務の場合の在宅勤務は慎重にならざるを得ません。
というのも、個人情報が含まれる文書を自宅に持ち帰る場合、紛失してしまったり、持ち帰った後に空き巣に入られて盗まれてしまったりする恐れがあるからです。
おそらくどこの自治体でも現行の規程では個人情報を持ち帰ることはできないようになっているはずです。在宅勤務のためにこれを認めてよいのかというのはかなり慎重に議論を重ねる必要があるでしょう。
また、自宅から庁内システムにアクセスする場合にもリスクはあります。
課題②で挙げたような、情報セキュリティ的に安全な仕組みが導入されていても、人が操作する以上は情報が洩れる可能性は必ず残ります。情報セキュリティに「絶対に安全」はないと言われているとおりです。
以上を踏まえると、個人情報を取り扱う業務に携わる職員をどう在宅で勤務させるのかという点は難しい問題です。
個人情報を取り扱う業務は自治体には数多くありますので、非常に悩ましい話です。
(課題⑥)対人・対面業務の存在
対人・対面業務が多く存在する点も在宅勤務の導入にあたって悩ましい問題です。
窓口業務が代表的ですが、そのほかにも相談対応や電話応対、来客対応、管理施設の受付などが挙げられます。
その業務自体をとめられるものはとめてしまえばよいのですが、役所の仕事にもとめられない業務は数多くあります。保健所で行っているPCR検査の業務なんてまさにそれですよね。
そのような止められない対人・対面業務では現状、在宅勤務は不可能と言うほかありません。
医療機関の医師や看護師、スーパーの店員さんなどと一緒ですね。
(課題⑦)労務管理や業務管理、人事評価の問題
職員の労務管理や業務管理、人事評価が難しいという点も在宅勤務の課題になります。
労務管理の難しさ
分かりやすく言うとこんな感じでしょうか。
- 決められた時間からきちんと勤務しているか
- 業務中サボらずに仕事しているか
- 長時間勤務になっていないか
勤怠管理ツールを導入するというのが一般的ですが、当然ですがお金がかかりますし、課題②に関連しますが、そのツールを使うための端末(パソコンやスマホ)はどうするのか、という点も解決する必要があります。
労務管理をまったくせず職員任せにしてしまっては、サボりや業務怠慢につながる可能性もありますし、また一方で働きすぎてしまう職員が出てくる可能性もあります。
したがって、ツールを導入しない場合でも、例えば、就業時間になると電話などで朝礼をしたり、一日の成果物を確認したりして対応することになると思いますが、それでも完全には管理できないという点が悩ましいところです。
業務管理の難しさ
分かりやすく言うとこんな感じです。
- 部下や後輩が適切な業務を行っているか
- 係やチームの業務が問題なく進んでいるか
主に上司的な役割の目線ですが、上記のような難しさもあります。
対面のコミュニケーションが取れないため、業務の指示が上手くできない、部下が今何の業務をしているかわからない、部下が困っていてもそれに気づけないなどといった問題が生じます。
また、緊急の案件が入ってきたときに誰をアサインするか、といった場面でも時間がかかってしまいます。
したがって、管理職の能力が低いとチーム(例えば、係)の業務効率は著しく低下してしまいます。
テレビ会議ツールなどのコミュニケーションツールを導入するのが一般的な解決法ですが、やはりここでもお金の問題や端末の問題が出てきます。加えて、セキュリティ面での心配もあります。
人事評価の難しさ
在宅勤務に切り替えると、上司と部下が離れて業務を行うことにより、人事評価が行いづらくなります。
完全に成果で評価できる仕事であれば何とかなるかもしれませんが、役所の仕事は目に見える成果が少ないため、人事評価が難しくなります。
この点も課題ですね。
これらの課題をいきなり全部解決するのは極めて困難
上記の7つの課題を全てクリアした在宅勤務というのは、言ってみれば「理想的な在宅勤務」です。
しかし、それを今すぐ始めようと思っても到底無理な話です。
課題をすべて解決しようにも時間も予算(財源)もないのが現実
課題を解決するためには、①制度面の整備と②ツール(システム)面の整備(導入)が必要です。
当たり前ですが、いずれも一朝一夕で出来るものではありません。通常なら半年から年単位で時間がかかるものです。
また、それらに人員を割くだけの余裕もないというのが自治体が今置かれた実状でしょう。
加えて、予算をどうするか、その財源はどこにあるのか、という点も大きな問題です。
外出自粛に伴う損失補償や資金繰りの厳しい中小企業への融資など、新型コロナ関連で自治体に求められる役割は山ほどあります。そしてそれはどれもお金がかかります。
このように、ただでさえ自治体の財源が枯渇してしまう状況です。新型コロナ対策のために財政調整基金を取り崩している自治体も多いのではないでしょうか。そうした中で、必要なツール(システム)導入のために十分なだけの予算をすぐに用意することは難しいと思います。
考え方を変える必要性~今追うべきは理想のテレワークではない~
理想的な在宅勤務を今すぐに導入するのは難しいわけですから、今すぐにそれを求めるのは得策ではありません。
今求められている在宅勤務を実現するために、先ほど挙げた7つの課題をまともに正面からクリアする必要はないのです。
「今求められている在宅勤務」と「本来の意味でのテレワーク」の関係性
ここで改めて「テレワーク」という言葉の意味を考えてみたいと思います。
テレワークとは、ICT(情報通信技術)を活用して、時間や場所にとらわれずに柔軟な働き方をすることです。
時間や場所にとらわれない柔軟な働き方の実現は、非常時における課題解決や人口減少時代における労働力人口の確保、職員の仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)の確保に資するものとして、導入が検討されてきたわけです。
「tele⇒離れた場所」と「work⇒働く」で「テレワーク(telework)」です。一般的にテレワークには3つの形態があります。
- 在宅勤務
- モバイルワーク
- サテライト・オフィス方式
つまり、「理想の在宅勤務」は「本来の意味でのテレワーク」の中の一つの形態であるということです。
それを踏まえて、ここで押さえておきたいことがあります。
それは、新型コロナウイルス感染症の拡大防止のために求められている「在宅勤務」は、人の接触機会を極力減らさなければならないという非常時における業務継続方法の一つの方策であるということです。
したがって、テレワーク環境が整備されていれば、非常時のおける課題解決法として今求められている在宅勤務に活用することは当然できます。
しかし、今求められている在宅勤務を進めるためには絶対に(本来の意味での)テレワーク環境を導入しないといけないのかと言うと、そうではありません。
この点を勘違いしないことが重要です。
結局のところ、今やれることからやるしかない
テレワーク環境がきちんと整備されている自治体は、それを活用(場合によっては拡充)して在宅勤務を進めればよいのですが、問題はそうではない自治体です。
テレワーク環境が整備されていない自治体は、先ほど挙げた7つの課題をオールクリアした理想的なテレワークを追うのではなく、色々工夫して今やれる範囲で最善の在宅勤務をやるしかないと僕は思っています。
既に動き出している自治体を見てもそのように考えているところが多いように感じています。
在宅勤務に関する各自治体の動き
あくまでも、本記事を書いている2020年4月18日現在の状況になりますが、各自治体の動きにも触れてみたいと思います。
報道や知人から聞いた範囲の印象ですが、今週になって職員の在宅勤務を進める動きが各自治体から出始めた印象です。
正確なデータを持っているわけではないのであくまでも僕の感覚になるのですが、動き出しているのは、テレワーク環境が十分に整っている自治体は当然として、都道府県や特別区(東京23区)、比較的大きな市、首長が行動力のある市町村といった感じです。
テレワーク環境が整っていない自治体の在宅勤務については、概ね次のような内容だと捉えています。
- ローテーション制の導入
- 窓口業務を一部縮小
- 職場パソコン(自治体が貸与するPCを含む)の持ち帰りOK
- 庁内システムへのアクセスはできない(もしくはアクセスできても一部のみ)
- 個人情報の持ち帰りはNG
- 業務に関係する調査や研究、自己研鑽に充ててもOK
いかにも苦肉の策という感じの内容ですが、個人的には今とれる策はこれしかないと思っています。
特に、ローテーション制の導入はよく考えられていると思います。
ローテーション制とは、職員全体を例えば2グループに分け、1~3日ごと(自治体によって異なる)に出勤と在宅勤務を繰り返す方法です。
2グループに分けたローテーション制にすれば、完全に在宅勤務に切り替えることができない職場でも交互に在宅勤務にすることで5割の在宅勤務を実現できます。
これを応用してもう少し考えてみます。
職員数が1,000人、業務の構成が次のようになっているような自治体を仮定します。
在宅勤務が可能 | 40% |
---|---|
ローテーション制であれば在宅勤務が可能 | 55% |
ローテーション制でも在宅勤務が不可能 | 5% |
合計 | 100% |
※実際のデータに基づくものではありません。あくまでも仮定です。
上記の場合、1,000人のうち40%が「在宅勤務可能」なので、400人が在宅勤務になります。
次に、1,000人のうち55%、つまり550人が「ローテーション制であれば在宅勤務可能」なので、550人の半分(1/2)である275人が在宅勤務となります。
そして、残る5%にあたる50人は在宅勤務にはなりません。
以上をまとめると、一日あたり在宅勤務となる職員数は、400人+275人なので計675人となり、7割に近いところ(675人/1,000人中)まで達する計算になります。
上記はあくまでも勝手に仮定した数字上での試算でしかないので、実際はそう簡単ではないと思います。
とはいえ、上記の試算から次の2点がカギになってくるということが分かります。
- 不要不急な事業を止めることなどにより在宅勤務に切り替えられる職員をいかに増やせるか
- 完全には在宅勤務に切り替えられない業務をどれだけローテーション制を活用した在宅勤務にシフトできるか
家でやれる仕事がそれほど無くても、在宅勤務に切り替えられるのならどんどん切り替えていこうとする意志が求められますね。
終わりに
皮肉なことですが、今回の新型コロナウイルス感染症によって、テレワーク環境の必要性が顕在化するとともに、その導入のための課題までもがどんどん表面化してきています。
これまで行革部門がどれだけ必死に要求してもつかなかったテレワークの予算ですら、今後は当然のように予算がつくことが想定されます。
その結果、自治体におけるテレワーク導入の動きは急速に加速することになると僕は見ています。
とはいえ、まずは目先のことから。
新型コロナウイルス感染症の拡大を防止して、収束させることが目下の課題です。
行政サービスは完全に停止させることはできません。しかしながら、不要不急な事業はストップさせることはできます。
また、在宅勤務に切り替えることで業務効率が落ちてしまうことはある程度仕方がないことだと僕は思っています。
それに加え、単なる感染拡大防止のためだけではなく、行政サービスを継続させるためにも庁舎内でクラスター(感染者集団)を発生させないということが重要です。
したがって、まずは、今やれる範囲の在宅勤務への切り替えを速やかに実現する。これに尽きるでしょう。
その上で、本来の意味でのテレワーク(当然、在宅勤務も含む)の導入についても並行して進めていくことが重要だと考えます。
以上、少々長くなりましたが、自治体職員の在宅勤務に関する僕なりの考察でした。
最後までお読みいただきありがとうございました。