僕は数年前に、約10年働いた県職員を退職しました。
それから数年経った今、「公務員を辞める」ということが、自分自身にとってどういう意味があったのかということを振り返ってみました。
公務員を辞めたいと思っている方にとって少しでも参考になれば幸いです。
なお、これから書いていることは、あくまでも僕の主観です。
価値観は人それぞれですので、「こう考えている人もいるんだな~」くらいの気持ちで読んでいただくほうが良いかと思います。
(結論)自分に正直になれた
結論から申しますと、僕にとっての「公務員を辞める」とは「自分に正直になる」ということでした。
もっと具体的に言うと次のようなことが実践できる人間になるということです。
- 他人にどう思われるかは気にしない
- 本当に自分がやりたいことをやる
- 自分に本当に大切なことを優先する
つまりは
見栄だったり他人の目だったり、そんなものは取っ払って自分自身と向き合い、自分に正直に生きる
ということです。
僕が「県職員を辞める」には、そんな人間になる必要がありました。
だからこそ、僕にとっての「公務員を辞める」とは「自分に正直になる」ということだったというわけです。
もう少し掘り下げてご説明したいと思います。
なんとなく生きてきた人生
僕は、昔から他人の評価や他人からどう思われるかを気にするタイプでした。
子どもの頃に親戚中から期待されていたことや、学生時代に周囲から良く見られようと頑張っていたことが根本にあると思います。
僕の経歴を簡単に遡ってみましょう。
- 中学校を卒業後、僕は地元で一番偏差値の高い高校へ進学しました
- 高校を卒業したあとは、世間では難関と言われる大学に進学します
- その後、新卒で大手企業に就職し、数年後には会社を辞めて県職員へ転職
今考えてみるとどれも本当の意味では自分がやりたい道ではなかったような気がします。
いや、たしかになんとなくやりたいことには合致しているのですが、どちらかというと、
その道に進んだ自分が他人から良く見えるか?
すごいと思われるか?
当時の自分はそんな観点を重視していたんだろうなと思います。
- 小学・中学と勉強ができたから何も考えずに地元の進学校へ
- 高校でも成績が良かったから家から近くて一番偏差値の高い大学へ
- 就職活動も誰もが知っているような大企業ばかり受けました
たしかに、理系に進むか文系に進むか、どの学科を受験するか、どういう業界にするかということは自分で決めましたが、それもなんとなく好きかもくらいの気持ちでしかなかったような気がします。
あの高校行くとすごいと言われる、あの大学は有名だから、あの会社は大手だから。
大手企業を辞めて県職員になったのも、県職員という肩書きが欲しかったというのが一番かもしれません。
「有名大学を出て大手企業に入ったのにそれを辞めるなんて落ちぶれた感じがする」
周りからそう思われないように転職先に県職員を選んだのかもしれません。
結局のところ今までの人生、そんな見栄が根底にあって、どれも自分のやりたいことを本気で考えた決断ではなかったと今なら正直に言えます。
県職員を辞めるという決断ができない自分
公務員を辞めようと思い始めたきっかけは、他にやりたい仕事があったからでした。
その仕事は前々から興味があったのですが、「県職員を辞めてまでやることだろうか?」という意識がどこかで僕の中にずっとあって、それで決断できずにいました。
先述したとおり、その当時の僕は他人からどう思われるかを気にして生きていました。
県職員を辞めて自分のやりたい仕事をしたとしても、他人からすごいと思われなければ、それは正しい判断ではない。そんな風に当時の僕は考えていました。
また、当時の僕は県職員という仕事に多少ながら不満を持っていました。
県職員として確実に実績は積むことができていたし、周囲からの評価も良かったのですが、この先もずっと県職員の仕事を続けることに良いイメージを持てなくなっていたのです。
それでも県職員を辞めるという決断ができなかったのは、やはり他人の目を気にして“県職員である自分”を捨てることができなかったからだと思います。
退職を決断できるようになったきっかけ
そんな感じで県職員を辞めずにダラダラと続けてきたわけですが、あることがきっかけで考え方が変わりました。
それは、友人と同僚の死です。
二人とも若くして亡くなりました。
それまでの僕は、自分が当たり前にお爺さんになるまで生きると思っていました。
しかし、二人の死に直面し、それは当たり前ではないと気づきました。
俺だっていつ死んでもおかしくないじゃん・・・
急にそう思うようになりました。
「明日死んでも悔いがないか?」
「いや、すごくある」
「いつ死んでもおかしくないし人生は一度きりなのにやりたいこともやらないの?」
「それは嫌だ」
こんな自問自答を繰り返していくうちに、段々と
「自分のやりたいことをやってもいいじゃないか」
「他人からどう思われようと自分の人生じゃないか」
と思えるようになりました。
「認知バイアス」を知ったことで客観的に自分を見れた
また、これも大きかったのですが、
「認知バイアス」という単語を知ったことも僕に大きな影響を与えました。
「バイアス(bias)」とは「偏り」を意味します。
「認知バイアス」とは、過去の経験などによる偏見や先入観、思い込みなどによって、認知や思考に歪みや偏りが生じることです。
これにより、論理的に物事を考えることができなかったり、合理的なじゃない判断をしてしまったりしてしまいます。
「認知バイアス」を知ったことで、自分にとって本当に適切な判断ができていなかったのだと気づきました。
一例をあげると
僕は、自分のやりたい仕事があってその職につけば人生がより良いものになる可能性があるにも関わらず、損失(転職して上手くしかないケース)の可能性も考慮して県職員を辞めることができなかった
わけですが
これは、「現状維持バイアス」(認知バイアスの一種)と言えるでしょう。
この例のほかにも、僕は「サンクコスト(埋没費用)」の罠にもかかっていました。少し説明すると
県職員という仕事に就くために僕は、自分への投資をしてきました。
採用試験に合格するためにお金と時間と労力をかけてやった試験勉強という投資です。
僕は、公務員を辞めるかどうか考える際に、その投資を「もったいない」と無意識に考えてしまっていました。
「折角、お金も時間も労力もかけたのに辞めるなんてもったいない!」という感じです。
よくよく考えると、
これからの自分の人生が良いものになるかどうかを判断する場面において、過去の投資を考慮するのは全くもって合理的じゃないですよね。
どうやったってそれは取り戻せないのですから。
ほかにもありますが、長くなってしまうのでここでは割愛しますね。
ここまでをまとめると、
「認知バイアス」を知ったことによって、自分を客観的に見れるようになった。
それでやっと自分に正直になれた。
そんな感じです。
そうしてやっと、自分のやりたい道へ進む決心、すなわち県職員を辞める、という決断ができたというわけです。
長くなってしまいましたが
これが、“僕にとっての「公務員を辞める」とは「自分に正直になる」ということ”
という結論に至った経緯です。
少しでもあなたの参考になれば幸いです。
(参考)「認知バイアス」が気になった方へ!オススメの書籍
先ほど「認知バイアス」について触れましたが、公務員を辞める辞めないの判断に関わらず知っておいて損はない知識です!
完璧に理解する必要はないですが、知っているだけで様々な場面で役に立ちます。
これは何かを判断する際にバイアスを除去して合理的な判断するためだけでなく、逆に物事をこちらにとって有意な方向に動かすためにバイアスを利用するといったことにも役に立ちます。
そんなわけで、もっと「認知バイアス」のことを知りたい!と思った方には、こちらの本をオススメします。
「もしかしたら、自分はとんでもない勘違いをしているかもしれない」
「特定の情報ばかり拾って、それ以外の大切な何かを見失っていたかもしれない」
「何気ない自分の意見が、誰かをものすごく傷つけてきたかもしれない」
そんな不安を少しでも感じるのであれば、ぜひ認知バイアスという不思議な心の動きを学んでみてください。世界や自分自身の見え方をアップデートするきっかになるはずです。商品の説明 – Amazonより引用
ちなみに、この本はKindle版がオススメです!
というのも、電子書籍なので手軽に読めるってのもあるんですが、それ以上に目次(インデックス)機能が優秀という点がオススメポイントです。
Kindle版だとボタン一つで目次を呼び出せて、見たい用語を押すとすぐにそのページまで飛べるんですよ。
まーじでこれ便利です!
それから、本書はAmazonの「Audible(オーディブル)」の対象作品にもなっています!
30日間無料なので、登録がまだの方はこちらを利用するのもありです。
公式サイト:Amazonの聴く読書 -オーディブル